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教科書通りでうまくいくなら、世の中は成功者で溢れている——トラスコ中山・中山哲也社長に学ぶ「非常識」の戦略

教科書通りでうまくいくなら、世の中は成功者で溢れている——トラスコ中山・中山哲也社長に学ぶ「非常識」の戦略

先日、神戸で開かれた講演会に伺ってきました。

公益財団法人コーナン財団さん主催の「第4回 起業家支援講演会」。講師は、工場や建設現場で使われるプロ用の工具を扱う問屋、トラスコ中山株式会社の中山哲也社長です。

演題は「教科書にない経営で 歴史にない歴史を刻む」。そして、そのサブタイトルに、私はすっかり心を掴まれてしまいました。

「教科書通りでうまくいくならば、世の中は成功者で溢れている」

……ぐうの音も出ません。

2時間のご講演は、数字と具体例と、そして絶妙なユーモアに満ちていて、正直に申し上げて、腹の底から納得させていただく時間でした。今日はそこで受け取ったことを、2回に分けて、私なりに組織の話へ引き寄せて書いてみたいと思います。1回目は「戦略」のお話です。

教科書も開かず、人にも訊かない

講演は、こんな一節から始まりました。

「どんな経営課題に対しても、教科書を紐解くわけでもなく、人様に訊くわけでもなく、自分で考え、結論を出すことをモットーとしてきた」

そうやって自分の頭で考えることを繰り返しているうちに、「教科書にはないオモシロイ答え」が世の中にはたくさんあることに気づいた、と。

中山社長が社長に就任されたのは1994年、35歳のとき。そこから31年。会社の売上は、2026年12月期の予想で3,500億円に届こうとしています。

人の10倍考え、10歩先を見据え、アイデアと気づきを戦略に落とし込み、実行し続けてきた。その積み重ねの厚みに、まず圧倒されました。

「在庫回転率など、無視しろ!!」

最初に驚いたのは、経営指標のお話です。

PER、PBR、ROE……。経営指標は数々あるけれど、お客様にとっては意味のない数字ばかりである、と中山社長は言い切ります。

私たちが普段「経営の数字」と呼んでいるものの多くは、たしかに自社のための数字です。株主や銀行、社内の会議のための数字であって、目の前のお客様の役には、ほとんど立っていない。

では、トラスコ中山は何を一番の指標にしているのか。

それは「在庫出荷率」。お客様から注文が来たとき、倉庫にある在庫からすぐに出荷できた割合、つまり「即納率」です。講演時点で93.8%。

そして、スライドにはこんなひと言が躍っていました。

「在庫回転率など、無視しろ!!」

在庫回転率は、教科書では「在庫を減らして効率よく回せ」という方向に働く指標です。それを、お客様目線で見れば意味がない、と。

私たちも研修やコンサルティングの現場で、企業の方から「数値目標」のお話を伺う機会がとても多くあります。その数字は、いったい誰のための数字なのか。ここは、ずいぶん考えさせられました。

「在庫は必要最小限」は、大マチガイ

さらに驚くのは、在庫そのものの考え方です。

在庫は少ないほど良い——これは、どの教科書にも書いてあることだと思います。ところがトラスコ中山は、およそ744億円分、約63万アイテムもの在庫を、あえて持っています。目標は、2030年に100万アイテム。

中山社長いわく、「在庫は必要最小限」は大マチガイ。講演では、在庫を厚く持ったからこそ起きたことが、次々に紹介されました。

・注文の約9割が、人の手を介さずシステムで受注できるようになった

・その結果、残業が激減した(ご本人いわく「漆黒→暗黒→ブラック→グレー→ホワイト企業へ」)

・同業のライバル企業までが、お客様になった

・ネット通販会社向けの売上が、大きく伸びた

・在庫を基軸に、他社がマネできない新しいサービスが生まれた

・災害時の物資供給で、多くの自治体とBCP協定を結ぶまでになった

たとえば「MROストッカー」。置き薬ならぬ「置き工具」です。工場の中に工具や消耗品の棚を置かせてもらい、使った分だけ請求する。お客様は発注も、納期待ちも、在庫管理も要らなくなる。簡単そうに見えて、膨大な在庫と物流とデジタルの力がなければ成立しない仕組みです。

一見すると、数値管理の教科書とは真逆のご判断です。

けれども一段深いレイヤーまで降りて見ていくと、お客様との信頼関係、世の中の動き、そして本質的なお役立ち。その絶妙なバランスの上に、この「非常識」が成り立っていることが分かってきます。そして、そこへ至るまでのプロセスにも、驚くほどの工夫が積み重なっている。

講演では、一橋ビジネススクールの楠木建先生の考え方も紹介されていました。

「不合理な経営判断の連続が、結果的に合理的な経営環境となる」

不合理に見える判断には、誰も手を出してこない。だから結果的に、自社だけが戦える環境ができあがる。逆に「安い」「早い」「簡単」は、誰もがすぐにマネをする、と。

教科書通りの「合理的な判断」だけを積み上げると、なぜかどこの会社とも似てしまう。考えてみれば当たり前のことですが、ハッとさせられました。

足し算より、引き算

もうひとつ、深く頷いたのが「やめる経営戦略」です。

・手形取引の全廃(2005年)——受け取っていた手形の分が、物流投資の軍資金になった

・請求書の全廃(2003年)

・物品受領書の全廃(2002年)——年間約3,040万枚の伝票が要らなくなった

・取引先親睦会の廃止(2008年)

・売り出しセールの廃止(2009年)——需要以上に、モノは売れない

足し算ばかりでなく、引き算も重要。会社を良くするには、悪いところを無くすことである、と。

組織活性化の相談をいただくとき、多くの場合、話は「何を足すか」から始まります。新しい制度、新しい研修、新しいイベント。けれども、本当に空気を変えるのは、実は「何をやめるか」の方なのかもしれません。やめたことで生まれた時間とお金と信頼が、次の打ち手の源になる。トラスコ中山の歩みは、そのことを見事に物語っていました。

批判精神と、新しいやり方と、「取捨善択」

講演を通して強く感じたのは、中山社長の中に、極めてクリティカルな批判精神と、新しいやり方を大切にする前向きさが、見事なバランスで同居していることです。

常識も、前例も、多数決も、鵜呑みにしない。「多数決の答えでは、結果はたかが知れている。しかも失敗には誰もが無責任になる」。けれども、ただ壊すのではなく、次々に新しいやり方を生み出していく。

そして、その両輪を支えているのが、「取捨善択」という言葉でした。

「取捨選択」ではなく、「善」の字を使う。判断は採算だけではなく、善悪を踏まえてするべきである、と。一方で、損得勘定ばかりの判断は「取捨銭択」(笑)。長い目で見れば、結局は失敗ばかりになる。

さらに中山社長は、成功した人ほど陥る落とし穴についても、繰り返し語っておられました。

自覚をもって仕事をすると実績となる。実績が積み重なると自信となる。自信が積み重なると自慢となる。自慢が積み重なると傲慢となる。傲慢が積み重なると退場となる。

3,500億円の企業を率いる方ご自身が、おごりを戒め続けている。その姿に、私自身も身の引き締まる思いがしました。

「何のために」の、その先

講演の中で中山社長は、「世の中に媚びない」ともおっしゃっていました。サステナブル、SDGs、寄り添う……そうした流行りの言葉を連発するような経営はしない、と。

ところが、実際の打ち手を見ていくと、災害時に物資を届けるBCP協定、荷物を詰め合わせて届けることで配送や梱包の環境負荷を減らす取り組みなど、世の中全体に向いたものばかりなのです。

言葉では媚びない。けれども、行動は世の中に誠実。

人の10倍考え、10歩先を見据え、気づきを大切にして戦略へと落とし込んでいく。その「何のために」の先には、社員のためだけでも、お客様のためだけでもない、さらにその上にある世の中全体の進化、いわば「お天道様」があるのではないか——。講演を聞きながら、私はそんなふうに感じていました。

「取捨善択」のものさしが、損得の上に「善」を置いているのも、きっとそのためなのだと思います。

講演の最後のスライドには、こう書かれていました。

「些細な積み重ねが運命を変える」

二宮尊徳の「積小為大(小さなことを積み重ねて、はじめて大きなことが成る)」を思い出しました。非常識に見える戦略も、その正体は、自分の頭で考え抜いた小さな決断を、31年間、誠実に積み重ねてきたことなのでしょう。

私たちが大切にしている「あり方×意図」という言葉に置き換えるなら、自分で考え抜く「意図」と、お天道様に恥じない「あり方」。その掛け算が、他社にはマネのできない強さになっている。そう思えてなりません。

次回は、この強さを支えている「人」の側のお話、「能力目標」と、OJSというユニークな人事の仕組みについて書いてみたいと思います。

最後に、ひとつだけ問いを置かせてください。

あなたの会社がいちばん大事にしている数字は、お客様にとって、意味のある数字でしょうか。

—— コンサルタントエージェント 代表 廣川智彦

出典・謝辞

本記事は、公益財団法人コーナン財団主催「第4回 起業家支援講演会」(2026年9月12日、起業プラザひょうご)における、トラスコ中山株式会社 代表取締役社長 中山哲也氏のご講演「教科書にない経営で 歴史にない歴史を刻む ~教科書通りでうまくいくならば 世の中は成功者で溢れている~」を拝聴し、そこで受け取ったことを、私なりに企業の現場へ引き寄せて綴ったものです。記事中の数値や社内の取り組みは、いずれも講演の中で紹介されたもの(講演時点・一部予想値を含む)です。

自分の頭で考え抜くことの凄み、そして「善」を判断の軸に置く経営のあり方を、ユーモアたっぷりにお聞かせくださった中山社長に、心より感謝申し上げます。また、このような学びの場を設けてくださったコーナン財団の皆さまにも、厚く御礼申し上げます。

トラスコ中山株式会社 公式サイト

https://www.trusco.co.jp/

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