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「数字で責めるのが、一番簡単」——トラスコ中山の「能力目標」とOJSに学ぶ、人を立体的に見る組織

「数字で責めるのが、一番簡単」——トラスコ中山の「能力目標」とOJSに学ぶ、人を立体的に見る組織

前回に続いて、トラスコ中山株式会社の中山哲也社長のご講演(公益財団法人コーナン財団「第4回 起業家支援講演会」)から受け取ったことを書いてみます。

前回は、「在庫は必要最小限は大マチガイ」に代表される、教科書にない戦略のお話でした。今回は、その戦略を支えている「人」の側のお話です。

実は講演の中で、私のペンがいちばん止まらなかったのが、ここでした。

数字に厳しい人間は、能力がない証拠

スライドに、こんな一文がありました。

「数字に厳しい人間は、能力がない証拠。数字で責めるのが一番簡単」

思わず、ドキッとしました。心当たりのある方は、きっと多いのではないでしょうか。私も含めて。

中山社長は、目標には2種類ある、とおっしゃいます。

ひとつは「数値目標」。売上や利益など、おなじみの目標です。

もうひとつが「能力目標」。どんな能力を持った会社になりたいか、という目標です。

数値目標だけでは、やるべきことが見えてこない。「売上を10%伸ばせ」と言われても、明日から何をすればいいのかは分からない。だから、どんな能力を身につけるのかを、先に決める。

トラスコ中山の能力目標は、たとえばこんな具合です。

・2030年に、在庫100万アイテムを保有する

・24時間受注、365日出荷の体制をつくる

・受注したその日のうち、または翌朝に納品する

・置き工具「MROストッカー」の設置を広げる

・棚卸を全廃して、効率を大幅に上げる

どれも数字は入っていますが、その数字が指しているのは「儲け」ではなく、「お客様のために、どんなことができる会社になるか」です。

そして中山社長は、ここから話をDXへとつなげます。

「DXの原点は、『能力目標』を持つことから始まる」

どんな能力目標を実現するにも、デジタルの力が要る。逆に言えば、「DXをやるぞ!!」のかけ声だけでは何も始まらない、と。スライドには「デジタル難民の社長の会社でも、ポーター賞受賞企業、DXプラチナ企業になれた(笑)」とありました。DXグランプリやDX銘柄にも選ばれてきた会社の社長の言葉だけに、説得力があります。

研修も、まったく同じだと思います。「どんな研修をやるか」から考えると、たいてい手段が目的になってしまう。「どんな能力を持った組織になりたいか」から逆算して初めて、研修が本当に意味を持ちはじめる。私たちの仕事の組み立て方を、あらためて問い直された気がしました。

その人を知る全員が、投票する

そして、講演の中で私が最も惹かれたのが、「OJS(オープン・ジャッジ・システム)」という人事の仕組みです。

・昇格のときに、その人物を知る人全員が投票する。部署や地域は関係ない

・賛成が80%以上なら昇格、80%未満なら保留

・投票で寄せられたコメントを本人にフィードバックし、自分自身の長所・短所を見つめ直してもらう

そして、この仕組みを入れてから「人物が立体的に見えるようになった」とのこと。

スライドの最後の一文が、深く刺さりました。

「人は見えないことが多いが、すべての人に隠し通せるものではない」

上司ひとりの評価だけでは、どうしても見えない面があります。上司の前での顔と、後輩の前での顔と、他部署の人と接するときの顔は、違うことがあるからです。けれども、その人を知る全員の目を重ねれば、ひとりの人間が、ようやく立体的に浮かび上がってくる。

数字だけでは測れない「その人の能力」を、組織のまなざしで確かめる。私には、OJSが先ほどの「能力目標」とも深く連動しているように見えました。数字で責めるのではなく、能力を見る。その考え方が、昇格という一番大事な場面に、仕組みとして埋め込まれているのです。

それでも、人と人には相性がある

一方で、正直に言うと、気になったこともありました。

伺ったところでは、コメントは誰が書いたか分からない形で集めているそうです。だからこそ本音が出る。これは本当に大きいと思います。

けれども、人と人との関係には、どうしても相性があります。価値観の違いから、コメントに偏りが出ることもあるはずです。それを最終的にどう受け止め、判断しているのか。そして、昇格のとき以外の日頃の評価は、どうしているのか。

実はこの点は、講演のあと、主催の財団さんを通じて質問としてお送りしています。もしお答えをいただけたら、あらためてご紹介したいと思います。

ただ、私なりに感じたこともあります。

OJSの肝は、「裁く」ことではなく「気づく」ことにあるのではないか、ということです。コメントは点数をつけるためだけでなく、本人が自分の長所と短所を見つめ直すために返されている。そして、ひとりの声で決めるのではなく、多くの人のまなざしが重なったところを見ている。

もし自社でこうした仕組みを考えるなら、次の3つが大切になりそうです。

・先に「ものさし」をつくる。 どんな能力を大切にする会社なのか(能力目標)が言葉になっていないと、評価はただの人気投票になってしまう

・「裁く」ためではなく「気づく」ために返す。 フィードバックは、本人の成長のためのものとして手渡す

・受け取る側の「心の器」を育てる。 耳の痛いコメントを、攻撃ではなく贈り物として受け取れるかどうか。ここは、EQや心と意識のメカニズムの領域です

仕組みは器で、その中を満たすのは、人の心のあり方。どんなに優れた制度も、受け取る側の心が整っていなければ、ただの通知表になってしまうのだと思います。

社長が100回褒めても

講演の最後に、7つのメッセージが紹介されました。その中で、私がいちばん好きな言葉がこれです。

「社長が100回褒めたとしても、お客様の1回の『ありがとう』には敵わない。だから社長の仕事は、社員が褒められるしくみを作ることである」

なんと本質的な言葉でしょうか。

社員のやりがいは、社長が上から与えるものではない。お客様から「ありがとう」を受け取れる場面を、仕組みとしてつくる。在庫を厚く持つことも、即納にこだわることも、突き詰めれば「お客様に喜ばれる瞬間」を社員に手渡すための仕組みなのかもしれません。

トラスコ中山には、ほかにもユニークな仕組みがたくさんあります。

・派遣社員に頼らず、正規雇用を原則とする(「安上がりに人を使わない」「人の人生のいいとこどりはしない」)

・1人につき最長3年の育児休業

・入社式に、新入社員のご両親をお招きする

・給与明細に、自分の「時給」を表示する

・顔写真入りの社員名簿や座席表、名刺

その一方で中山社長は、「人間関係づくりだけがすべてではない」ともおっしゃいます。良くなることばかりをすれば良くなると思うのはカンチガイで、会社を良くするには、悪いところを無くすことだ、と。福利厚生のイベントを足すよりも、公正で、安心して働ける仕組みを整える方が、よほど組織の空気を変えるということなのでしょう。

「媚びない」けれど、人を大切にする。

一見矛盾するようですが、私はここに、組織の空気をつくる大事なヒントがあると感じました。私たちは、愛には2つの顔があると考えています。そっと包み込む「包む愛」と、基準を示して照らし、背中を押す「照らす愛」。安心して働ける制度で社員の暮らしを守ることと、甘やかさずに能力を見ること。その両方がそろったとき、組織は「喜びの中で生産性が上がる」場所になっていくのだと思います。

最後に、問いを置かせてください。

あなたの会社では、数字以外の「能力」を、誰が、どんなまなざしで見ていますか。

—— コンサルタントエージェント 代表 廣川智彦

出典・謝辞

本記事は、公益財団法人コーナン財団主催「第4回 起業家支援講演会」(2026年9月12日、起業プラザひょうご)における、トラスコ中山株式会社 代表取締役社長 中山哲也氏のご講演「教科書にない経営で 歴史にない歴史を刻む ~教科書通りでうまくいくならば 世の中は成功者で溢れている~」を拝聴し、そこで受け取ったことを、私なりに企業の現場へ引き寄せて綴ったものです。記事中の制度や取り組みは、いずれも講演の中で紹介されたもの(講演時点)です。

人を「立体的に」見るための仕組みを、惜しみなくお聞かせくださった中山社長に、心より感謝申し上げます。また、このような学びの場を設けてくださったコーナン財団の皆さまにも、厚く御礼申し上げます。

トラスコ中山株式会社 公式サイト

https://www.trusco.co.jp/

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