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「心に灯がともる」は、経営指標になるか

「心に灯がともる」は、経営指標になるか

〜 営業利益率37%のファームが、AI時代に人へ投資し続ける理由 〜

営業利益率37%。

コンサルティング会社・ベイカレントの、2025年2月期の数字です。売上高1160億円、営業利益426億円。

これがどれくらい異常か。同業を並べてみます。シグマクシス21%、野村総合研究所18%、アクセンチュア15%。倍以上です。しかも成長を止めての高収益ではありません。4年で売上を倍増させながら、この利益率を維持している。

なぜ、こんなことが可能なのか。

先日、その謎を解剖した記事を読みました。カギは、コンサル業界の売上の方程式にあるといいます。

売上 = 単価 × 人数 × 稼働率

ベイカレントは、この3変数すべてで競合を上回った。人数は10年で5倍。稼働率は85%。そのために採用費45億円を投じている——。

見事な分析でした。私も、なるほどと思いました。

でも、そこから先を調べていくうちに、まったく違うものが見えてきたのです。

ワンプール制は、人事制度の顔をしたP/Lの装置だった

ベイカレントの代名詞は「ワンプール制」です。

コンサルタント全員が、特定の業界やソリューション領域に所属しない。所属部門という概念が存在しない。案件ごとに、全社横断でアサインされる。

これがなぜ効くのか。数字にすると、えげつないほど明快です。

コンサルタントの人件費は、稼働してもしなくても発生する固定費です。待機中でも給料は払う。でも売上はゼロ。

年収1,000万の人を月額300万で売るとして——

– 稼働率70%:年間8.4か月稼働 → 売上2,520万/原価1,000万 → 原価率40%

– 稼働率85%:年間10.2か月稼働 → 売上3,060万/原価1,000万 → 原価率33%

原価は1円も変わっていないのに、原価率が7ポイント下がる。

部門で人を囲うと、「金融部門は暇だが製造部門は火の車」という状態が起きます。暇な人の給料が、まるごと無駄になる。ワンプールなら、その無駄が消える。

つまり——ワンプール制は「人事制度」の顔をしていますが、正体はP/Lの装置です。

ここまでは、ロジックの話。ここから先が、本題です。

必修カリキュラムに、ITもDXも戦略もなかった

ワンプール制が機能するには、絶対条件があります。

「誰をどこに置いても、品質が出る」こと。

そうでなければ、稼働率85%は「品質85%」の意味になってしまう。ではベイカレントは、どうやってそれを担保しているのか。

答えは、新卒・中途に共通の3か月の集中育成でした。日経が「鉄緑会式」と呼んだ、あの仕組みです。

私はてっきり、ITとDXの英才教育だと思っていました。IT出身のトップが率いる、DXで急成長した会社ですから。

違いました。

必修カリキュラムは、これです。

– マインドセット

– 仕事の進め方

– ハードスキル(構造化思考・ドキュメンテーション)

– ソフトスキル(バーバル/ノンバーバル、1on1、グループワーク)

– ホスピタリティ

ITが、ない。DXも、戦略も、業界知識も、ない。

考えてみれば、当たり前でした。

もし新人にIT/DXの専門教育をしたら、その人はIT/DX案件にしか入れなくなる。ワンプール制が壊れるのです。

だから必修は、どの案件でも100%使う「共通OS」に絞るしかない。 構造化。ドキュメント。コミュニケーション。金融でも製造でも戦略でもIT導入でも使うもの。

全員が同じOSを積んでいるから、どこにでも差し込める。

人の配置を自由にするために、人の中身を規格化した。 これが、37%の隠れた土台でした。

(ちなみに専門性は、中途採用で「買って」います。中途採用比率81〜82%。育てるのではなく、外から入れている。ここも徹底しています。)

なのに、必修に「ホスピタリティ」がある

さて。ここで引っかかるものがあります。

ホスピタリティ。

構造化やドキュメンテーションはわかります。全案件で使う。でも、ホスピタリティが必修というコンサルファームを、私は他に知りません。

読み進めると、その位置づけが見えてきました。

この研修の核心思想は「選ばれる教育」というものだそうです。

自分がプロジェクトを選ぶのではなく、プロジェクトが自分を選ぶ

至極当たり前だが、とても重要なマインドセット。ここから教育を始める。なぜならコンサルタントは、詰まるところ、クライアントや上司からバイネームで選ばれるかが全てだから——。

ワンプール制の裏面が、ここに露出しています。

部門がない、ということは、居場所が制度的に保証されていないということです。だから「選ばれ続ける」ことでしか、存在できない。その現実を、入社初日から叩き込む。

そしてホスピタリティは、「選ばれるため」の手段として教えられている。

……これは、温もりでしょうか。

毎日ランキング、廊下に張り出し。それでも誰も辞めない

もう少し、中を覗いてみます。

– 基本的にすべてテストし、毎日スコア化して全員にランキングとともに公表

– 開始2週間後に、成績順でクラス替え

– 報道によれば、廊下に点数を張り出し、都度試験で順位が変動

– 最初の1か月だけで、研修プログラム134コマ

スパルタです。誰か辞めそうなものです。

辞める人はほとんどいない。昨年は、全員が合格水準をクリアした。

なぜ壊れないのか。育成責任者の答えが、シンプルすぎて痺れました。

ポイントは、いかに手厚くできるか。

そして、その「手厚さ」の中身が——

– 1クラス35名に分割

– 各クラスに、入社3〜5年目のエースを「ファカルティ(先生役)」として抜擢

– ファカルティには、約半年前から英才教育(目標の立て方、指導法、人心掌握術)

– 腹落ちするまでの対話、個別指導、そして精神的なケア

競争と、手厚さが、同居している。

普通、この2つは相反します。競争を持ち込めば手厚さが死に、手厚さを優先すれば競争が死ぬ。多くの企業がそのどちらかに倒れて失敗している。

ベイカレントは、両方入れた。そして両方を、制度で担保した。

決定的だったのは、役割の分離

ファカルティ制度で、最も驚いたのはここです。

OJT期間の役割分担が、明確に分けられていました。

プロジェクトリーダー → クライアント向けにバリューを出させることに集中

ファカルティ → 各人の能力開発と問題解決に注力

読んだ瞬間、背筋が伸びました。

「成果を見る人」と、「人を見る人」を、分けている。

これ、日本企業がずっとできていないことです。

私たちは、上司ひとりに全部やらせています。目標管理も、育成も、評価も、メンタルケアも、全部課長。結果、課長は数字を追います。育成は「余裕があれば」になる。余裕は、永遠に来ません。

そして経営は嘆くのです。「うちの管理職は、部下を見ていない」と。

見ていないんじゃない。見る役割を、誰も与えていないんです。

しかもこの制度、二重に効いています。ファカルティはエースだけを集めた集団であり、「優秀なコンサルタントのみで構成されたプロジェクト」という側面を持つ。仲間同士で刺激し合い、競争する。そして——最も評価の高いファカルティが、トップ成績のクラスを担当する。

教える側も、成績順に配置される。

「教える」ことが、最速の育成装置になっている。

灯をともす側が、灯をもらっている。

「一度捨てれば財産、すがれば足かせ」

中途入社者に対しては、もうひとつ、別のことを求めるそうです。

アンラーニング。 前職の経験を、一度捨てること。

その思想を表す言葉が、これでした。

「一度捨てれば財産、すがれば足かせ」

説明が、深い。

一人前になるハードルは、決して低くない。当然、苦しい期間がある。「こんなはずじゃなかった」「向いていないんじゃないか」と、心が揺れる瞬間もしばしばある。

だからこそ、一度捨てる覚悟を持つ。ゼロから一人前になるのだと、心に決める。

そして——一人前になって初めて、前職の経験が「とても良い味」になる。 知識として昇華され、価値転換できるようになる。

結果、中途入社者から「人生で一番成長した」という声が、毎月数人出る。しかも研修体制が整っている会社の出身者ほど、そう言うのだそうです。

私はこれを読んで、動けなくなりました。

この構造、東洋思想そのものではないですか。

空海の灌頂は、一度、それまでの自分を象徴的に死なせてから、授かる。捨ててから、受け取る。

中村天風の積極観念は、積み上げるものではありません。消極観念を取り去った後に、現れるもの。本来そこにあったものが、覆いを外すと出てくる。

禅は、大死一番と言います。一度死に切って、はじめて生きる。

ベイカレントは、これを経営合理性から発見しました。

営業利益率37%を追いかけていったら、1200年前の密教と同じ場所に着いた。

私は、これが偶然だとは思いません。人が本当に変わるときの構造は、時代が変わっても、動機が変わっても、たぶん一つしかないのです。

そして、いちばん驚いたこと

ここまで読んで、あなたは思っているかもしれません。

「で、AIは? DXの最前線の会社でしょう? 現場はAIまみれなんじゃないの?」

私もそう思って、調べました。

確かに、AIは彼らの最大の需要ドライバーです。生成AIを活用したデジタル変革を中心に、旺盛なコンサル需要が続いている。業界特化のAIソリューションをテンプレート化して、横展開している。2024年には持株会社体制に移行し、実装を担うテクノロジー会社と一体で動く体制まで作った。

でも、社内はどうか。

方程式を、思い出してください。

売上 = 単価 × 人数 × 稼働率

……AIで工数を減らしたら、売上が減るんです。

実際、彼らは毎月100〜150名を採用し続けている。 AIで人が要らなくなるなら、こんな採用はしません。

ベイカレントにとってAIは、「効率化の道具」ではなく「売り物」なのです。

そして、決定的な事実がこれでした。

AIを最前線で売っているこの会社の3か月研修は、すべてリアル開催です。

理由は、コロナ期に試行錯誤して学んだから。リモートだと業務はできるが、育成はしづらい、と。

講義の後に細かな質問や相談をしてその場で解決したり、仲間同士で教え合ったりするには、リアルな場が必要だ、と。

AIの最前線を走る会社が、自社の人材育成にはAIを一切使わず、リアルの対話と、ファカルティと、精神的ケアに投資している。

AI時代に、勝っている会社が最も投資しているのは、人間のOSだった。

「心に灯がともっている感じがします」

育成責任者が、研修を終えた新卒社員について語った言葉があります。

ちょっと前まで学生だったのが信じられないくらい、プロの顔つきになる。そして——心に灯がともっている感じがする、と。

灯。

毎日スコアを出し、ランキングを張り出し、成績順でクラス替えをする組織の、育成責任者です。

その人が、成果を語るときに使ったのは、スコアでもランキングでも稼働率でもなく、「灯がともる」という言葉でした。

これ、P/Lには絶対に載らない言葉です。

もうひとつ、数字を。

新卒応募3万人以上。うち500人が入社。そして——応募者の7割が、前年の新卒社員による紹介(リファラル)。

7割です。

灯をともされた人が、次の人を連れてくる。

これが「巡り」の、たぶん唯一の実測値です。

私は最近、「御社の社員は、友人を自社に紹介しますか?」という問いほど、正直で、反論しにくい組織診断はないと思うようになりました。エンゲージメントサーベイの点数は、いくらでも取り繕えます。でも、自分の友人の人生を預けるかどうか——ここで人は、嘘をつけない。

それでも、私が問いたいこと

ここまで書いて、ベイカレント礼賛のように見えるかもしれません。

でも、私は最後に、ひとつだけ問いを残したい。

彼らは、驚くべきことをやりました。

– 温もりをカリキュラム化した(ホスピタリティ)

– 温もりの担当者を任命した(ファカルティ)

– 温もりの教え方を教育した(人心掌握術を、半年かけて)

– 温もりを評価した(ファカルティも成績順に配置)

ここまで徹底的に構造化された温もりを、私は他に知りません。 そして実際、機能している。離職ほぼゼロ、全員合格、リファラル7割。

でも——その温もりは、「巡って」いるでしょうか。

ファカルティの温もりは、新人へ。

新人のホスピタリティは、クライアントへ。

クライアントの満足は、単価へ。

上から下へ、内から外へ、一方向に流れている。

誰も、返される側にいない。

そしてもうひとつ。ファカルティ制度は、新人期の3か月だけです。それ以降は、ワンプールの海に出ます。「あなたを見ている人」は、そこで消える。

「見ていてくれる人が、固定されない」——これは、ワンプール制の経済的な強さと、たぶん表裏一体です。人を固定しないから稼働率85%が出る。でも、人を固定しないから、見る人も固定されない。

「意図と温もりが巡る組織」へ

私は、組織開発を仕事にしています。そして「意図と温もりが巡る組織」という言葉を、掲げています。

ベイカレントを調べて、その言葉の意味が、逆側からくっきり見えました。

彼らは、「意図」だけで37%まで行けることを、証明しました。

意図を方程式に落とし、方程式を制度に落とし、制度を現場の一日一日に落とした。稼働率85%というのは、経営会議で決めただけでは絶対に出ない数字です。現場のアサイン担当が、今日この瞬間に「誰をどこへ」と判断する、その一つひとつに意図が宿っていないと出ない。

これは、本当にすごいことです。日本企業の多くが、ここで負けている。

そして彼らは、意図で温もりを「設計」できることまで、証明しました。

でも、「温もりが巡る」——送った人のところに、返ってくる循環。それは、まだ誰も作れていない気がします。

売上の方程式に、温もりの項はありません。単価にも、人数にも、稼働率にも、温もりは入ってこない。温もりは、P/Lに載らない。

だから問いは、こうなります。

意図だけで37%まで行けた。

では、温もりを足したら、その式はどうなるのか。

私は、答えを持っていません。

でも——「心に灯がともる」という言葉を、育成責任者が使った。 そして応募者の7割が、友人の紹介だった。

この2つは、意図の設計だけでは、たぶん説明がつかないのです。

計算し尽くされた仕組みの、いちばん奥のところで、誰かが「灯」という言葉を選んでいる。

そこに、まだ言葉になっていない何かが、ある気がしています。

※本稿のベイカレントに関する事実は、日本経済新聞、JBpress、ダイヤモンド・オンライン、東洋経済オンライン等の公開報道、および同社の有価証券報告書等の開示情報に基づきます。数値は2025年2月期のものです(直近の2026年2月期は売上1,483億円、営業利益509億円、営業利益率34.3%)。なお同社は2025年11月、北風大輔社長の病気療養に伴い、阿部義之会長が社長を兼務する体制となっています。

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