前回は、榎本英剛先生のお話から、「内なる声」と、本当の自分にアクセスすることについて書きました。今回はその続きとして、それを“組織”にどう活かすか——というお話です。
コーチが「要らない」世の中へ
榎本先生の言葉で、はっとしたものがあります。目指すのは「コーチという職業が成り立たない世の中だ」と。
一見、コーチングの第一人者らしからぬ発言です。けれど真意はこうでした。専門家に頼まないと引き出せないのではなく、「コーチング的な関わり方が、当たり前になる世の中へ」。だから先生は、コーチングをビジネスではなく“ムーブメント”だと言い切ります。もし儲けの手段としてのみ捉えたら、コーチングは広がる前に廃れてしまう、と。
これは、組織でも同じだと感じました。一部の上司や研修だけが人を伸ばすのではなく、「互いの声を聴き合う関わり」そのものが、職場の当たり前になっていく——それが、理想の姿ではないでしょうか。
「会社を離れて、自分らしく生きたい」と言われたら
講演の質疑で、ある人事のご担当者が、こんな問いを投げかけました。「社員から『会社を離れて、自分らしく生きたい』と相談されることがある。どう向き合えばいいのか」と。
榎本先生の答えは、明快でした。目指すのは、一人ひとりが“内なる声”に従って、本来の力を発揮できる会社にしていくこと。つまり、「自分らしさ」と「会社で働くこと」を、対立させない。その人の本来の力が活きる場を、組織の側がつくっていく——。
「辞めたい」の奥にある声を、封じるのでも、無理に引き止めるのでもなく、まず聴く。そこから始まるのだと、受け取りました。
エンパワーとは、「本来の力」を引き出すこと
榎本先生は、ご自身の存在意義を「エンパワー」という一語で表されました。人が本来持っている力を、引き出すこと。
ここで大切なのは、力を“与える”のではない、という点です。エンパワーとは、外から何かを足すことではなく、その人の中にすでにある力の“覆い”を、そっと外していく営み。前回の言葉で言えば、規範の下に埋もれた「内なる声」を、一緒に掘り起こしていくことです。
「そんな事、して良いの?」という感覚を、大切に
もう一つ、心に残るメッセージがありました。「もし『そんな事、して良いの?』と感じたとしたら——それは、これまでの認知のフレームの“外”に出ている時だ。その感覚こそが、とても大事」だと。
リーダーの問いが、狭い枠の中にとどまっていると、相手の可能性も、その枠の中でしか広がりません。だからこそ、リーダーは意識して認知の枠を広げる努力がいる。いろんな人に会い、いろんな場へ出かけていく。榎本先生ご自身、60歳を超えて大学院で学び直し、先住民族の知恵に触れる旅にも出ておられるそうです。
だからまず、リーダーが「聴く」
そして、いちばん腑に落ちたのが、この言葉でした。「コーチ自身が、内なる声に耳を澄まし、誠実に向き合っていくことが大事」。
人の声を聴く前に、まず自分の声を聴けているか。リーダーが自分の内なる声に正直であって初めて、部下の声にも本気で耳を傾けられる。エンパワーは、テクニックである前に、リーダーの“あり方”の問題なのだと思います。
結びに
特別な制度や研修を足す前に、できることがあります。
目の前の一人の話を、評価も指示もいったん脇に置いて、ただ静かに聴く。その小さな積み重ねが、一人ひとりの本来の力を呼び覚まし、「喜びの中で生産性が上がる組織」を、静かに育てていくのだと思います。
さて——あなたの組織では今日、一人ひとりの「内なる声」が、いくつ聴かれているでしょうか。
—— コンサルタントエージェント 代表 廣川智彦
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